大阪マラソン2025で、初マラソン日本最高記録を更新する快挙を成し遂げた近藤亮太選手。
レース前までは無名に近い存在でしたが、この激走によって一躍注目の的となりました。
学生時代から決してエリート街道を歩んできたわけではなく、地道に努力を積み重ねてきた近藤亮太選手。
そんな選手が、なぜ初マラソンでこれほどまでの快走を見せることができたのか、その秘密に迫ります。
目次
大阪マラソン2025 近藤亮太のレース振り返り
近藤亮太選手が大阪マラソン2025で日本人トップに立つまでのレース展開には、多くの見どころがありました。
序盤から中盤にかけての冷静なレース運び、そして終盤の勝負どころで見せた日本人トップ争いは、大きな注目を集めました。
この章では、大阪マラソン2025における近藤亮太選手のレース展開を、序盤から終盤まで振り返ります。
レース序盤~中盤の展開(冷静な走りで上位をキープ)
近藤亮太選手は、大阪マラソン2025のスタートから中盤まで、トップグループの一員としてレースを進めていきました。
今回も腕時計は付けず、集団のペースに身を任せるスタイルを貫き、序盤からリズムに乗ることを意識した走りが特徴です。
この大阪マラソンは、近藤亮太選手にとって絶好調で迎えたレースです。
序盤は同じ三菱重工の先輩・定方俊樹選手の後ろにつき、落ち着いたペースを刻んでいきます。
ところが、中盤に入ると近藤亮太選手自ら前へ出て、積極的に動く場面も見られました。
さらに30km付近からは前へ出る動きが増え、一時は先頭に立つ場面もありました。
33km地点ではエチオピア勢や鈴木健吾選手がペースアップし、近藤亮太選手含む2位グループは2秒(10m)ほど遅れる展開になりますが、35km地点でしっかり追いつき、再び9人のトップグループに戻っています。
レース中の冷静な判断力と勝負どころでの集中力が、近藤亮太選手の強さを感じさせる序盤から中盤の走りでした。
終盤の勝負どころ(日本人トップ争い&ラストスパート)
近藤亮太選手が一気にギアを上げたのは、40kmを過ぎてからでした。
この時点で日本人トップに立った近藤亮太選手は、後続を一気に引き離し、前を行く海外勢にも食らいつく勢いで加速します。
残り2kmでは日本人選手を完全に突き放し、さらにトップ争いを繰り広げていたエチオピア勢にも迫る驚異的な追い上げを見せました。
残り1200m地点では、ついに先頭の2人に追いつき、3人のトップグループを形成。
ここからは完全な勝負の世界です。
雪が舞う厳しいコンディションの中、「最後は気持ち」という言葉通り、近藤亮太選手は執念の走りを続けます。
ラスト500mでY.アダン選手と一騎打ちになり、残り200mからのスパート勝負へ。
最後はわずかにY.アダン選手にかわされましたが、2秒差の2時間5分39秒で日本人トップフィニッシュ。
日本人初マラソン最高記録を更新する快挙を成し遂げました。
細谷恭平選手(4位)や黒田朝日選手(6位)、菊地駿弥選手(7位)ら日本の強豪たちを抑え、堂々の日本人1位でゴールした近藤亮太選手の終盤の走りは、まさに圧巻そのものでした。
近藤亮太のプロフィールとこれまでの成績
近藤亮太選手は、高校・大学・実業団とそれぞれのステージで着実に成長を重ねてきました。
特に、自ら道を切り開く行動力や、マラソンへの強い思いが印象的です。
この章では、近藤亮太選手のこれまでの戦績や、マラソンへの思い、そして今後の成長ポイントについて解説します。
大学・実業団時代の戦績
近藤亮太選手は、長崎県の島原高校出身ですが、高校時代は全国高校駅伝に出場することはできず。
高校2年生時、都道府県対抗男子駅伝の選手に選ばれながらも、インフルエンザで欠場を経験するなど、順風満帆なキャリアではありませんでした。
その後、順天堂大学に進学し、本格的に長距離ランナーとして頭角を現します。
大学4年時には2022年の箱根駅伝に初出場し、アンカーの10区を担当。区間14位ながら、チームの総合2位に貢献しました。
大学時代から自ら行動を起こす積極的な選手で、3年生のときには地元長崎の名門・三菱重工に「合宿に参加させてください」と自ら“売り込み”をかけたエピソードも残っています。
この積極性と4年時の箱根駅伝での活躍が評価され、2022年から三菱重工に入社しました。
実業団では、ニューイヤー駅伝への出場経験はありませんが、1年目の全日本実業団ハーフマラソンでは1時間00分32秒というチーム最高記録をマークし、日本人トップの3位に入る快走を見せています。
2年目には佐賀県長距離記録会で10000mの自己ベストを35秒更新する28分16秒14を記録。
1年に1回、自分でも驚くような成績を出すことが恒例になっており、3年目となる今年、大阪マラソンで日本人トップ&初マラソン日本最高記録を樹立しました。
マラソンへの強い思い
近藤亮太選手がマラソンを強く意識するようになったのは、中学時代にさかのぼります。
短い距離ではなかなか勝てなかったものの、3000mで初めて勝てたレースがあり、「距離が延びれば自分にチャンスがある」と感じたことがきっかけでした。
「一番長いのはマラソン」。その思いを胸に、高校、大学と競技を続け、三菱重工の“マラソン部”に進んだのも自然な流れだったと言えるでしょう。
2025年1月中旬には、近藤亮太選手にとって初マラソンとなる大阪マラソンに向けて、ニュージーランド合宿を実施。
合宿では、2時間5分台を狙う先輩・定方俊樹選手に必死に食らいつき、実戦に近い負荷の中で仕上げていきました。
こうした厳しいトレーニングを積んだことで、「自分も手ごたえを感じた」と語っています。
なお、定方俊樹選手は東京マラソン2020で2時間7分5秒の記録を持つ実力者ですが、今回の大阪マラソン2025では2時間7分34秒で12位という結果でした。
その先輩を超え、自らの思い描いてきたマラソンで快走を見せた近藤亮太選手。
マラソンへの並々ならぬ思いと覚悟が、今回の日本人トップにつながったと言えるでしょう。
自己ベスト更新の可能性と今後の成長ポイント
近藤亮太選手は、大阪マラソン2025で2時間5分39秒という日本歴代5位の好記録をマークし、初マラソン日本最高記録を更新しました。
さらに、2時間6分30秒の世界選手権参加標準記録も突破し、東京世界選手権代表候補に名を連ねることになります。
しかし、近藤亮太選手自身は「そこまで世界選手権を狙って挑んだわけではなかったのでビックリしています」と、驚きの表情を見せました。
当初の目標は「2時間8分切り」と「30kmまでは軸をぶらさずに余裕を持って走ること」。
この目標を大きく上回る結果に、本人も周囲も驚きを隠せません。
マラソン初挑戦で2時間5分台をマークした近藤亮太選手には、さらなるタイム更新の可能性も十分にあります。
序盤から中盤にかけて集団走を冷静にこなし、終盤で勝負を仕掛けるスタイルは、今後のレースでも強みとなるはずです。
経験を重ねるごとに、ペース配分やラストスパートの精度をさらに高めることができれば、自己ベストの更新はもちろん、世界の舞台での活躍も大いに期待できるでしょう。
近藤亮太の今後の展望(世界大会や代表争い)
大阪マラソン2025で日本人トップに輝き、世界選手権の参加標準記録も突破した近藤亮太選手。
この快走により、初マラソンながら一気に日本代表候補として注目を集める存在になりました。
さらに近藤亮太選手は、2028年のロサンゼルスオリンピックでメダルを獲得することを視野に入れ、着実にキャリアを積み重ねています。
この章では、近藤亮太選手の世界陸上やオリンピックへの展望、そして代表争いの行方について解説します。
世界陸上の代表入りの可能性
近藤亮太選手は、大阪マラソン2025で2時間5分39秒という好タイムを記録し、
2025年に東京で開催される世界陸上の参加標準記録(2時間6分30秒)を見事に突破しました。
これにより、初マラソンながら一気に日本代表候補に名乗りを上げた形です。
ただし、世界陸上の代表選考は単純にタイム順で決まるわけではありません。
他にも参加標準記録を突破している選手は複数おり、直近のレースタイムだけでなく、これまでの実績や国際大会での経験など、さまざまな要素が考慮される可能性があります。
現時点でのライバルとしては、福岡国際マラソンで好走した吉田祐也選手(GMOインターネットグループ)や、別府大分毎日マラソンで結果を残した若林宏樹選手(青山学院大学)が挙げられます。
さらに、3月の東京マラソン2025の結果次第では、新たなライバルが台頭してくる可能性もあります。
東京マラソン2025では、パリオリンピック代表の赤﨑暁選手(九電工)や、大舞台に強い大迫傑選手(Nike)、さらには日本歴代2位の池田耀平選手(花王)など、注目選手が多数エントリーしています。
こうしたライバルたちと近藤亮太選手が今後どのような戦いを見せるのか、代表争いから目が離せません。
近藤亮太のロードマップ:目指すはロサンゼルスオリンピック2028
近藤亮太選手は、三菱重工に入社した当初から、明確な目標と計画を持って競技に取り組んできました。
2年目で初マラソンを2時間8分前後で走り、2回目のマラソンで代表入り。
そして、2028年のロサンゼルスオリンピックではメダル獲得を狙う。
そんな壮大なロードマップを描いていたのです。
三菱重工のチームは、近藤亮太選手が入社した頃には、マラソンに関する知識やノウハウが豊富に蓄積されていました。
選手同士が「この練習はどこの筋肉を使うか」「今日の蹴りはどうだったか」といった細かい感覚を共有し、互いに感性を磨き合う環境が整っていたのです。
近藤亮太選手自身、大学時代は目立った成績を残せませんでしたが、「小さな感覚や小さな成果を大事にすること」を信念に、コツコツと努力を積み重ねてきました。
そうした積み重ねが、ニュージーランド合宿の40km走でも生き、今回の快走につながっています。
これまで2時間5分台の選手を2人も誕生させたチームはありませんでした。
しかし、近藤亮太選手の快走により、三菱重工チームが新たな歴史を刻みました。
ロサンゼルスオリンピック2028に向けた近藤亮太選手の挑戦は、すでにスタートしています。
まとめ:近藤亮太、日本人トップから世界へ!未来への挑戦は始まった
- 近藤亮太選手が大阪マラソン2025で初マラソン日本最高記録を更新
- 学生時代から地道な努力を続け、実業団でも着実に成長
- 世界陸上やロサンゼルスオリンピックへの道が見えてきた
近藤亮太選手は、大阪マラソン2025で初マラソンながら日本人トップに輝き、日本歴代5位の快記録をマークしました。
高校・大学時代は大きな実績こそありませんでしたが、地道な努力を積み重ねることで、着実に力をつけてきた選手です。
三菱重工という恵まれた環境の中で、先輩や仲間たちと切磋琢磨し、今回の快走へとつなげました。
この結果によって、世界陸上代表入りの可能性も高まり、さらに2028年のロサンゼルスオリンピックに向けた大きな一歩を踏み出しました。
これからも近藤亮太選手の挑戦に注目していきましょう。